
北海道の短い夏に実る、希少な青肉メロン「キングメルティ」。
芳醇な香りと濃厚な甘み、口いっぱいに広がる長い余韻。その味わいに惚れ込み、メゾンカカオでは毎年生チョコレートやショコラ・コキーユ、生菓子に仕立てている。
けれど自然から生まれる果実に同じ一年はない。
晴れの日も、雨の量も、気温も違う。そのすべてを受け止めながら、毎年キングメルティを育てているのが北海道の大島さんだ。
「俺だって40年以上やってるけど、それでも一年生だもん。」
長くつくり続けてきた人から出た、意外な言葉。今年もまた、大島農園を訪ねた。
今年のキングメルティ。

「わぁ、石原さん!わざわざありがとう。久しぶりね。」
いつもの笑顔で迎えてくれた奥さまが、すぐに大島さんを呼びに行く。
「おー、こんにちは。元気?」
久しぶりの挨拶もそこそこに、「農園見に行きます?じゃあ車乗って。みんなで行こう。」
大島さんの車の荷台にみんなで乗り込み、畑へ向かう。
「こういうのなかなかないでしょ。俺、スピード出すからね。」
そう笑いながら車を走らせる姿も、いつもと変わらない。

農園に着くと、大島さんは慣れた足取りでハウスへ向かいながら、今年の話を始めた。
「今年は本当に難しいよ。」
雨が続き、ほとんど晴れ間のない北海道。メロンにとって大切な日照が足りず、収穫のタイミングにも大きく影響しているという。
「7月の初めくらいが一番いいんだよね。その時は本当にうまいんだよ。」
そして少し考えるように、続けた。
「今年のはね、正直に石原さんに言わなきゃと思って。」
生で食べれば十分に美味しい。それでも、大島さんは納得していなかった。
「もっと香りを出せる。キングメルティはこんなもんじゃない。」
すると石原が言った。
「じゃあこれからは、大島さんが一番良いと思うタイミングで送ってください。」
「いい?そしたら俺も納得できるし、チョコレートの味ももっと変わるよ。」
もっと美味しくできる。そのことを誰より知っているからこそ、曖昧にしない。
大島さんのものづくりは、いつも正直だ。
本気の人と、つくりたい。
そんな二人が出会ったのは、今から何年も前のこと。
「初めて会った時の話?いやー、この人の熱に負けちゃったんだよね。」
当時、キングメルティを求めて大島農園を訪ねた石原。
「最初は、ただの若僧が『メロン欲しい』って来て、なんだって思ったし。」
キングメルティは生産量が少なく、簡単に応えられるものではない。
「面積も小さいから無理だと思ってね。追い返そうとしちゃったの。ごめんね。」
そう言って笑う大島さん。
「でも、熱量に圧倒されてね。」
「そういうもの、石原さんは持ってるよね。
俺だって本気でつくってるからさ。本気の人とは一緒にやりたいよね。」

最初から長い付き合いになると分かっていたわけではない。
ただ、美味しいものをつくりたい。その熱量が、二人をつないだ。
今では、その年の出来を正直に伝え合い、もっと香りを出せる、もっとチョコレートを美味しくできると話し合う。
つくるものは違っても、向いている先は同じなのだ。
天気が、メロンをつくる。
ハウスの中には、キングメルティの蔓が整然と伸びている。
一つの蔓に残す果実は、わずか二玉。
たくさん実らせるのではなく、これから良くなる果実を見極め、そこへ養分を集中させていく。
「メロンは木が元気じゃないと駄目なんだよ。」
果実だけを見ていても、美味しいメロンはできない。葉や蔓を健やかに保ち、その力を最後まで果実へ届ける。
熟してくると果皮は黄色くなり、やがてヘタがぽんっと外れる。その頃が食べ頃だという。
けれどどの果実を残すのか。いつ収穫するのか。
「なかなか言葉で伝えるのは難しいんだよね。見るとこれっていうのはあるんだけど。」
40年以上積み重ねてきた経験が、その一瞬の判断を支えている。

それでも大島さんは、自分の技術を誇るようなことは言わない。
「人間のできることなんて、ほんの少ししかない。」
「天気がメロンをつくってる。どんなに頑張っても、天気には勝てないよ。」
雨が降ればハウスを閉める。けれど閉め切れば熱がこもる。日照が足りなければ糖度が上がらず、暑すぎれば木そのものが弱ってしまう。
いつもメロンを見ながら、その日の天気に合わせて手を入れる。
そんな話を聞いていると、奥さまが笑いながら教えてくれた。
「夜が涼しいと、お父さんの機嫌がいいのよ。よしよし、メロンが美味しくなるってね。」
キングメルティの美味しさは、そんな毎日の積み重ねの中でつくられている。
40年以上やっても、一年生。
「キングメルティは本当に大変だから、本当はつくりたくないんだけどね。」大島さんがいつものように言う。
「それ、毎回言ってますよね。」石原が返すと笑声が起きる。
手間がかかり、天候にも大きく左右されるキングメルティ。それでもつくり続けるのは、その先に待っている人がいるからだ。
「買ってくれる人は、美味しいと思って買ってくれるから。それに応えないと。」
期待されるほど、プレッシャーも大きくなる。
時期によっては、どうしても納得できるものを出せないこともある。それが一番難しいのだと大島さんは話す。
「今だって納得してない。」
その言葉は、自分自身への厳しさというより、食べる人に対する誠実さから生まれているように聞こえた。

そして今、大島農園では少しずつ次の世代へバトンを渡し始めている。
「今は息子にもメロンを採らせてる。」
そう話したあと、大島さんが少し笑った。
「親父と息子ってのは、とくに難しいよ。目も合わせない、話さないからね。」
それでも、息子さんは自分で収穫したメロンを必ず食べているという。
「あいつも不安だからさ。採ったのを食べてるのよ。」
そして、ぽつりと「息子も親父の味を知ってる。」
長年食べてきた、父親がつくるキングメルティ。
その味にどう近づくのか。どうすれば、いつか超えられるのか。
言葉を交わさなくても、きっと必死に考えているのだろうと大島さんは話す。
「世代交代は長い目で見てあげないと。」

自然を相手にするものは、5年、10年で簡単に形になるものではない。
木を見て、天気を見て、自分で採り、自分で食べる。
その繰り返しの中でしか身につかないものがある。
「俺だって40年以上やってるけど、それでも一年生だもん。」
長く続けてきたから、何でも分かるのではない。
毎年天気が違い、木の状態が違い、一つひとつの果実も違う。
「メロンなんて一つひとつ全部違うよ。指紋と一緒。」
だから毎年、一から考え挑戦する。そしてその年の答えを探していく。
今年しかない美味しさ。
北海道の気候も、少しずつ変わっている。
「気温が内地に近づいてるんだよね。」
暑さが続けば、糖度が十分にのる前に木が弱ってしまう。
「この先、キングメルティがつくれなくなるかもしれない。」
大島さんは、静かにそう話した。
来年も同じように実るとは限らない。
同じ畑、同じつくり手、同じ品種でも、今年のキングメルティは今年しかない。
その話を聞きながら、石原も自分たちのチョコレートについて話した。
「僕らの生チョコもルセットはあるけれど、毎年変えているんです。今年の素材はこういう味だから、今年はこうしようって。」

自然から生まれる素材を扱うということは、いつも同じものをつくることではない。
その年の香りや甘み、酸味を受け取り、その時にしかない美味しさを見つけること。
それはメロンでも、チョコレートでも同じなのかもしれない。
大島さんは、40年以上キングメルティと向き合いながら、それでも毎年「一年生」だと言う。
技術を磨き続けた先にあったのは、自分の力を誇ることではなく、自然への謙虚さと、食べる人への責任だった。
一年に一度、この場所を訪れ、その年のキングメルティをいただく。
それは決して当たり前のことではない。
今年の果実に出会えたことへの感謝と、それを預かる責任を持って。
大島さんが毎年もう一度メロンと向き合うように、私たちもまた、その年の素材を見つめながら一粒のチョコレートをつくっていきたい。